ヤミー
コロンビアで出会ったアイルランド人の女性。「アイルランドに来ることがあれば絶対連絡してねー」と言われたので、行く数日前に連絡すると、仕事の合間をぬって空港に迎えに来てくれました。
物価の高い国だからと言って合鍵を渡してくれて、ゲストルームにタダで4泊もさせてくれました。たった2泊コロンビアで一緒になっただの私にしてくれたホスピタリティーに感動しました。
だいちゃん
あれは秋も終りの頃のフィンランド。僕はロバニエミというサンタクロースで有名な街にやってきていました。外はマイナス15℃。そこはもはや北極圏の世界でした。
フィンランドは物価が高い。なんとロバニエミでは一泊5000円は当たりまえ!!お金がなかった僕は途方に暮れて、ただただ駅構内にある地図をぼーっと眺めていました。
すると突然、「あなたもしかして宿を探しているの??」「もしよかったら家に泊っていきなよ!」と声をかけてくれた若い女性。
普通なら間違いなく怪しいパターン。でもその人と話しているうちに騙そうとしているわけではないということがわかりました。
結局僕は3日間彼女の家族の家にお世話になりました。一緒にトレッキングしたり、夜の湖を歩いたり、トナカイの肉を食べたり、フィンランド式のサウナでビールを飲んだり…本当に忘れられない思い出です。
でも僕は何も恩返しをしてあげることができませんでした。だから今度は僕の番。もし日本で困っている旅人を見かけたら、全力で助けてあげたいと思います。
伊佐 知美
1986年、新潟県生まれ。旅する『灯台もと暮らし』編集長、ライター、フォトグラファー。横浜市立大学卒、三井住友VISAカード、講談社勤務を経て現職。2016年4月から会社員のまま「世界一周×仕事」の旅に出発。
これまで40カ国100都市、47都道府県を旅する。著書『移住女子』(新潮社)、オンラインサロン「#旅と写真と文章と」オーナー、ことりっぷ「伊佐知美の世界一周さんぽ」連載中です。
世界一周の最初の1ヶ国目のマレーシア・クアラルンプールで、家に泊めてもらったりご飯をご馳走になったりと、とてもお世話になった家族がいました。
その家に滞在している間に何かお礼をしなければとずっと考えていたのですが、思案していることが伝わったのか、先回りしてこう言われました。「私にお礼をしようとしているでしょう?でも、ありがとうと思うなら私に返そうとしないで。次の人に渡しなさい。私も昔、旅をしている間、たくさんの人にたくさんお世話になったのよ」。
ペイフォワードですね。受けた恩を、次に出会った人に渡していく。「こうやって世界が回ったらいいな」と考えるようになったきっかけだったので、今でもすごく意識して生活しています。
古性のち
1989年生まれ。トラベルグラファー・バイヤー・ライター。世界中に眠るときめきの種を集めながら旅をしています。美容師→Webデザイナー→Webライターと転職を繰り返してきた異色の経歴の持ち主。
2016年に株式会社LIGでのデザイナー・ライター経験を経てフリーランスとして独立し、そのまま世界一周へ。今まで旅した国は20カ国34都市。現在は日本半分、世界半分で生きてます。
いろんなメディアでも語っていますが、インド・リシケシュで出会ったジョンと、ババとの出会いは忘れられません。ギブアンドテイクではなく、ギブアンドギブで成り立つ世界を教えてくれた人。
「お金も持っているものも、たまたま今自分の手元で止まっているだけで、循環するもの。みんなのもの」という考え方が、いかに人生を豊かにするかを教えてくれました。
この出来事がキッカケでもう一度インドに戻りたい、と思えたし、旅疲れしていた私の心の中にじんわりとあたたかい光を灯してくれました。
もうひとつは、ウィーンで出会ったウィーン合唱団の歌声!朝、決まった曜日に行くと無料で立ち見ができるのですが、何気なしにふらりと訪れてみたら、その歌声が綺麗なこと、綺麗なこと!
鳥肌が止まりませんでした。ウィーンを訪れるなら、ぜひ立ち寄ってほしいです。
嵐
和歌山県和歌山市出身。潔癖・偏食・人見知りの、旅に向いてなさすぎるバックパッカー。20歳の時にTABIPPOのイベントをきかっけに旅にハマり、フィリピン留学や世界一周のひとり旅を学生時代に経験。これまでに約30カ国を旅した。大学卒業後は専門商社に勤めていたが、元々インターンとして働いていた株式会社TABIPPOに2018年1月から復帰。キャリア事業「旅人採用」の立ち上げに携わる。
ブラジルの弓場農場で出会ったおじいさんとの出会いです。
そのおじいさんも若い頃は旅人で、僕と同じように弓場農場にたどり着いたらしいのですが、いつのまにかそのまま住み着いてしまった方でした。今では村でもかなり年上の方で、どの旅人にも優しく接してくれる方でした。
旅人たちとおじさんでおしゃべりをしていたある夜、僕はあまり自分の話をしたり意見を言ったりするタイプではないので会話を聞くばかりでほとんど発言をしていなかったのですが、それを見たおじいさんは「思っていることは言葉にしないと人に伝わらない。もっと自分が幸せになるためには自分の考えを言葉にすることが大切だよ」と言ってくれました。
それがきっかけで控えめであったり周りの目を気にして行動する性格から、少し変われたような気がしています。
具志亜斗夢
1996年生まれ、沖縄出身。生まれも育ちも沖縄の大学3年生。渡航国数は23ヵ国。大学に入学するまでは、修学旅行以外で沖縄から出たことがなかったが、大学2年の時初めて沖縄で開催された日本最大級の旅イベントBackpackFESTAに影響され、2017年9月から約半年間の世界一周の旅に出る。現在は、学生支部のTABIPPO沖縄代表として学生に旅を広める活動を仲間たちとしている。
スペインのバルセロナでの出来事です。
念願のサッカーの試合観戦中に隣のおじさんと仲良くなりました。自分はカメラが好きなので、ハーフタイムにおじさんにかばんを見張っててとお願いして写真を撮りに行きました。後半戦をそのまま見終わって、宿に帰り、フランスのバスの予約を取ろうとしたとき、気づきました。財布がなかったんです。
焦りに焦っていろんなところ探したんですけど、見つかりませんでした。財布を擦られました。一文無しになって途方に暮れていると、たまたま同じ宿だった日本人がお金を少し分けてくれたり、日本企業の人たちが食料を分けてくれたりしていろんな人に助けられました。
人の怖さ、人の温かさを同時に体験できました。この経験は、いまでこそいい経験したなと思うんですが当時は本当にきつかったです。
浦川拓也
1991年、滋賀県生まれ。大阪大学在学中に休学し、初海外で世界一周の旅へ。帰国後はTABIPPOの学生イベントスタッフとして大阪支部の立ち上げを行いました。2015年新卒で、当時まだ30名規模のHR Thechベンチャー株式会社アトラエに入社し、その後TABIPPOにカムバック。現在は新規事業である「旅人採用」の立ち上げを行っています。これまで行った国数は35ヶ国。趣味はキャンプと登山でInstagramを中心に週末アウトドアライフを発信し続けています。将来は地元の滋賀県にゲストハウスとアウトドア施設を作り、観光誘致とアウトドアの普及を行いたいです。
パナマでタクシー強盗にあい、荷物を全て失いました。
ただ、アメリカへの航空券は持っていたので、荷物もなにもないまま、とりあえずアメリカに向かおうと空港に行きました。飛行機の搭乗口で待っているとカタコトの日本語で話しかけられてパナマ人のおじさんと仲良くなりました。
同じ飛行機で目的地も同じ、日本語が話せるパナマ人ということで、アメリカについてからも一緒に荷物を買いに車を出してくれたり、家に泊めてくれたりとすごくお世話になりました。
ぶる
1997年生まれ、大阪出身。
かっこいい先生になりたいと思い世界一周を決意。大学2年のとき休学し、8ヶ月で30カ国の世界一周を経験した。
旅の終盤にはなぜか、貯金残高が8,000円になり、クレジットカードと周囲の人からの寄付で帰国までつなぎとめたという超貧乏バックパッカーでもある。
現在は、TABIPPOでインターンとして毎週旅大学を運営している。教育とボードゲームと旅がキーワード。
タジキスタンで出会った現地のおじさんたちは衝撃的でした。
タジキスタンでは、旅人みんなでレンタカーを借りて、それで移動しながら絶景ポイントを回っていくというのが王道ルートです。しかし、僕は次のスケジュールとの関係で、地元のおじさんたちと乗り合いタクシーでそのポイントを回ることを選びました。
それが悪夢の始まりでした…。高度4,000メートルのガタガタ道を車で移動する中、そのおじさんたちはずっと40度以上のお酒を飲みながら歌い続けてたのです。その人達にとって日本人である僕はかなり珍しく興味の的であり、40度のお酒をどんどん飲まされ、高度の高さもあいまってすぐにベロベロになりました。
そのため、タジキスタンの移動中の絶景のことはほとんど覚えていません。覚えているのは、陽気なおじさんたちの歌だけです…。
まとめ
いかがでしたでしょうか。こんな素敵な出会いをしてみたいと思いませんか?
旅での一つの出会いが、もしかしたらあなたの人生を変えるかもしれません。