ライター
帆志 麻彩 旅と暮らしの文筆家

小学5年生のときにオランダでみた運河の光が忘れられず、旅が人生の大きな軸となりました。これまで、旅メディアの編集、企業広告コピーや雑誌取材記事、ガイドブック制作などを担当し、2019年からは〈サステイナブル〉をテーマに活動。その他、詩の創作や旅の貼り絵など、好きなことをしながらゆるりふわりと過ごしています。好きな言葉はモンテーニュの「自分は自分のものである」で、憧れの人はターシャ・テューダー。著書に『本能のデザイン』(実業之日本社)。

皆さんは、旅先で「不便だなあ…」と感じたことはありますか?訪れる場所にもよりますが、今の時代は必要な情報がいくらでも手に入るので、不便を感じることはどんどん少なくなってきていると思います。

そんな中、昨年クロアチアを訪れた際に『少しの不便』を感じる機会がありました。

旧市街を一望できる山があると知って「山頂から写真を撮ろう!」と意気込んでいたところ、普段は運行しているロープウェイが修理中。不便と言うまでもないような小さなことですが、ロープウェイで登ることしか頭になかった私は、登山に適した格好でもなければ、機材もたっぷり持っていて…。

どうしたものかと考えた末、低山だったこともあり歩いて登ってみることにしました。するとそこには、忘れかけていた冒険心がむくむくと蘇ってくるような景色がたくさん!今回は、そのときに学んだ「不便を感じることの大切さ」についてご紹介します。

その土地を全身で感じる


登り始めてすぐに感じたのは、足の裏の心地よさ。なだらかな道やジグザグ道、石がごろごろ転がっているような道もあったのですが、山の自然が足の裏から全身に伝わってくる感覚は、ロープウェイに乗って数分で山頂に到着していたら感じられなかったことです。

徒歩で登ることは予想外の出来事でしたが、その土地をしっかり踏みしめている喜びが、「ロープウェイが修理中でよかった!」というポジティブな気持ちへと転換させてくれました。

偶然の出会いが宝物になる


予定外の小さな不便は、思いも寄らない偶然の出会いも与えてくれます。少し登るたびに姿を変える旧市街の美しさ、かわいいロバ、途中で倒れている朽ちた木々、崩れた廃墟のようなもの…。すべての出会いが宝物に思えるほど、それらは旅をより特別なものにしてくれました。



仕事柄、“何をするにも事前に調べて準備をしておく”という旅のスタイルが定着してしまっていたので、何の前情報もなく「この先にはどんな景色が待っているんだろう」とわくわくすること自体が本当に久々でした。

「そうだ! 私は未知のものに出会いたくて旅を始めたんだ」と、偶然の出会いがとても大切なことを思い出させてくれたように思います。

自分で考えて選ぶ楽しさ


案内板がない道を進むことは、「今度はこっちの道に進んでみようかな」「向こう側まで行ってみたらまた素晴らしい景色が広がっているかもしれない」と、自分で考えて選ぶことの楽しさを教えてくれます。

普段の私たちの日常は、AIがおすすめしてくれるもので溢れていますよね。もちろんAIがあることで暮らしがより良いものになることもありますが、「あなたへのおすすめはこれです」とインプットされ続ける生活に偏ってしまうと、自分の心の内から感じているものがどんどん薄れてしまうような気がしませんか?

このときの私は仕事での滞在ということもあり、“いかに効率よく過ごすか” を最優先で考えてしまっていたのですが、たとえ時間がかかったとしても自分の行きたい方向へと進んでいく。そうして山頂までたどり着いたときの充足感は何とも言えないものがありました。

自然の中でありのままの自分を取り戻す


花や木々が見せてくれる表情、濃紺の海と植物のコントラスト、そのすべてが調和して作り出される美しい空間は、まるで夢の中にいるかのようにとても神秘的。


人間は何万年も前から自然と一緒に生活してきました。アスファルトなどの人工的に作られたものに囲まれて生活していると、自分でも気が付かないうちに疲れが溜まってきてしまうもの。

雄大な自然に囲まれておいしい空気をたっぷりと吸う。それは、誰もがありのままの自分をゆっくりと取り戻していける時間になるはずです。

「不便」は五感を研ぎ澄ます


登り始める前は、少しの不便を選ぶことでこんなに多くの学びと幸せを感じられるとは思っていませんでした。きっと人生というひとつの旅も「自分の心の声をきちんと聞いて、自分で選んでいくこと」が何より大切なのだろうと思います。

五感を研ぎ澄ませ、ありのままの自分を取り戻すことができる『少しの不便』は、便利なものであふれている現代を生きる私たちにこそ、必要な選択なのかもしれません。

All photos by hoshi maaya

ライター
帆志 麻彩 旅と暮らしの文筆家

小学5年生のときにオランダでみた運河の光が忘れられず、旅が人生の大きな軸となりました。これまで、旅メディアの編集、企業広告コピーや雑誌取材記事、ガイドブック制作などを担当し、2019年からは〈サステイナブル〉をテーマに活動。その他、詩の創作や旅の貼り絵など、好きなことをしながらゆるりふわりと過ごしています。好きな言葉はモンテーニュの「自分は自分のものである」で、憧れの人はターシャ・テューダー。著書に『本能のデザイン』(実業之日本社)。

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