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「荷物を待ち続ける地獄の日々と再出発」僕がリュックサッカーになった話:後編

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世界一周の初日にバックパックを紛失し、リュックサッカーになった話①

TABIPPOの翔(@ShoKoizumi)です。世界一周をスタートし、1回目のフライトでバックパックをロストバッゲージしました。「明日の便で来るから、またおいで!」と言われた翌日、果たして荷物は届いたのか。うん、届いてないです。

 

クリスマスの代休!? 荷物は出てこないまま

次の日、昼近くまでゆっくり寝た僕は近くのレストランで昼飯を食べてから空港に向かった。元々、リマには2泊しか滞在しない予定だった。高校生のときから行きたかったマチュピチュ遺跡を目指し、クスコという街へすぐ向かう。今日バックパックが出てくればなんら予定に支障が出ない。僕は一つも心配していなかった。

空港につくと、昨日と打って変わってガラガラ。LAN航空の到着ロビーに向かうと、シーンと静まり飛行機が飛んでいる気配すら無かった。近くを通った警備員に、明日バックパックを取りに来いと言われたんだけどどこに行けばいい?と話しかけた。

強面な警備員からは衝撃の一言が。「昨日のクリスマスの代休で今日は便がもう来ない。荷物も来てない。明日来い」。その言葉に僕の頭は真っ白になった。明日長距離バスに乗ってクスコを目指さないと、その後の予定も狂ってしまう。そもそもほんとにバックは明日来るのか?不安で脳みそがいっぱいになり、焦りはピークに達した。僕の悪い予感は的中し、それから10日間、僕のバックパックをリマで待ち続けるという「死の10days」を送ることになった。

リマの街の様子

 

荷物を待ち続ける地獄の日々

日中40度を超える灼熱の街で、僕は毎日イライラして気が狂いそうになっていた。次の日からは完全にいたちごっこが始まったのだ。「まだNYが送ってないみたい。すぐ連絡するわ。明日の便で送らせるからまた来なさい」と言われ次の日来てみると「担当者が年末の休みに入っちゃって連絡がつかないの。明日電話させるわ。明日また来なさい。」

もうNYにバックはないんじゃないかって思ったけど、職員はちゃんと向こうと電話でやりとりしているように見えるし、信じるしかなかった。あまりのストレスから僕は、2009年の大晦日を全く楽しむことなく22時には眠りについた。

気温と湿度が異様に高く、日本の100倍程のタクシーのクラクション。ステーキ屋に入って肉を食べようとメニューを注文すると出て来たのはフルーツの盛り合わせ。言葉も通じず僕はかなり参っていた。

肉の代わりに出てきたフルーツの盛り合わせ

大使館に相談に行った。日本人に会うと涙が出て来た。とにかく警察に行って保険が適用されるよう紛失証明書を書いてもらいなさいというアドバイスをもらった。しかし警察にその事情を話すと「証明書を発行するには100ペソここで払いなさい」と堂々と賄賂を請求され、ついに僕は打つ手がなくなったのだ。

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WRITER

小泉翔
小泉翔
TABIPPO名付け親、小泉翔です
TABIPPOの創設メンバー&Co-Founder。旅祭2014主催。元大宮アルディージャユース。旅とサッカーに生きたい26歳。男12人でライフシェア中の恵比寿ハウス家主。アメリカ交換留学、フィリ…

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