萩 白壁 夏ミカン
ライター

長野県出身。「見る前に跳べ」がモットー。自分にも相手にも心地よい環境をつくることが人生のテーマ。旅や人生の資本は「身体」と考え、ボディケアに携わる。自然の中で過ごす旅、自分の足で歩き回る旅が好き。日々感じたことを言葉に紡ぎながら、新しい働き方を模索中。

20代の頃に読んだ、懐かしい本との再会は突然だった。

ふとXで見かけた『覚悟の磨き方』の再ヒット。発売から10年以上経っても読み継がれている、幕末の思想家・吉田松陰の言葉をまとめた本だ。

正直、歴史に詳しいわけではない。でも約170年前に生きた人の言葉が、なぜ今の時代にも刺さるのか。

その答えを探しに、吉田松陰を生み出した山口県・萩を歩いてみた。

世界遺産の近くにある、ふつうの暮らし

白壁 夏ミカン 萩白壁の上に実る夏ミカン
萩の第一印象は、海と山に囲まれたこじんまりとした町。中心部は1時間程で歩いて巡れる大きさで、そのなかに世界遺産エリアの城下町と萩で暮らす人々の日常がある。

白い土壁から顔を覗かせる夏みかんの実。木造の日本家屋に並ぶ、シンプルだけど柔らかな色合いの萩焼。

萩焼柔らかな色合いの萩焼が並ぶ店
江戸時代に作られた古地図が今でも使えると言われる萩の町は、少し歩けばスーパーや図書館があって、制服姿の子どもたちが通り過ぎていく。何百年も前の面影が、今の暮らしのなかに自然に残っている。

観光地なのに、どこか懐かしい田舎町の風景。“本のなかの遠い場所”だった萩が、急に身近になった気がした。

学ぶことで「どう生きるか」を問う|明倫学舎

萩・明倫学舎観徳門からみる萩・明倫学舎
萩市役所の近くにある萩・明倫学舎は、かつて吉田松陰も学んだ藩校・明倫館の跡地だ。

館内には当時の教室や資料が展示されていて、人々がどう生きていたのかがより鮮明に伝わってくる。

明倫館 教室2014年3月まで実際に使われていた教室を復元
印象的だったのは、施設の裏手に明倫館を模した今の小学校があること。そして、横には子どもたちの声が聞こえる屋内体育館、駐車場の先には図書館。「学び」に関する施設が、歴史の延長線上に息づいている。

萩市立明倫小学校萩・明倫学舎の裏側にある萩市立明倫小学校
小さな頃から、教科書に載るような場所を日常として育つ。そんな環境が、人の価値観を少しずつ作っていくのかもしれない。

泊まった旅館の方の対応にも、どこか“萩という町への誇り”が滲んでいた。

小さな私塾から生まれた熱意 |松下村塾

松下村塾数多くの偉人を育てた松下村塾の講義室
明倫学舎から西へ2kmほど歩いた場所にあるのが、吉田松陰が開いた私塾・松下村塾だ。歴史が動いた場所として多くの人が訪れるけれど、実際は驚くほど小さい。

わずか数畳ほどの空間。高杉晋作や伊藤博文など、後に時代を動かす人物たちが、ここで学んでいた。

さらに衝撃だったのは、松陰が幽閉されていた三畳の部屋だ。自由を奪われた空間なのに、そこから人の心を動かす言葉が生まれ、多くの若者へ伝わっていった。

吉田松陰幽囚ノ旧宅海外渡航に失敗した吉田松陰が幽閉されていた、三畳の部屋
大きな場所じゃなくても、人は変わる。何者でもない場所からでも、時代は動く。

この小さな空間から、多くの若者たちの未来が広がっていったのかと思うと不思議な気持ちになった。

また、吉田松陰は21歳の頃、日本各地を旅していたという。歩いた距離は約13,000km。新幹線もスマートフォンもない時代に、自分の足で各地を巡り、知識だけではなく体験を通して世界を知ろうとしていた。

頭で考える前に、まず動いてみる。

その生き方そのものが、松陰の思想だったのかもしれない。

思想を「行動」に変えた場所|萩反射炉・たたら製鉄跡・恵美須ヶ鼻造船所跡

大板山たたら製鉄遺跡今はもう跡地のみが残る、大板山たたら製鉄遺跡
萩には、吉田松陰の思想が「実践」として残っている場所もある。

萩反射炉や恵美須ヶ鼻造船所跡、大板山たたら製鉄跡。どれも、西洋の技術を取り入れようと必死だった幕末の挑戦の跡だ。

萩反射炉萩(長州藩)の海防強化の一環として建てられた萩反射炉
巨大な反射炉の遺構を見上げながら、「当時の人たちは、どんな気持ちでこれを作っていたのだろう」と考えた。

成功ばかりではなかったはず。それでも、自分たちにない技術を学び、まずやってみる。その熱量が、石や鉄の跡から今も伝わってくる。

恵比寿ヶ浜造船所幕末の造船所遺跡である恵比寿ヶ浜造船所。当時の防波堤が残っている
吉田松陰の言葉が今も残る理由は、こうした「行動の歴史」があったからなのかもしれない。遺跡には、たしかにそこで生きていた人たちの気配や次の世代への想いが残っているようだった。

終わりを意識すると、選び方が変わる|菊ヶ浜

菊ヶ浜真っ白な砂浜と青く透き通った海が綺麗な菊ヶ浜
萩城跡の石垣を横目に歩いていくと、日本海を望む菊ヶ浜にたどり着く。

昼間の浜は静かで、地元の方と思われる親子や子どもたちが走りまわり、波の近くで遊んでいた。青く透き通った海の砂浜は、清掃が定期的にされているのかゴミが少なくとても綺麗だ。

吉田松陰もこの砂浜から海を眺めながら、遥か遠い外国のことを思ったのだろうか。そんなことを考えながら、砂浜を裸足で歩いた。

タコノマクラ砂浜で見つけたタコノマクラの残骸。星模様が綺麗
『覚悟の磨き方』のなかに、「死を想え」という言葉がある。少し強い言葉にも聞こえるけれど、終わりを意識することで、本当にやりたいことが見えてくる瞬間は確かにある。

普段は目の前の仕事や不安に追われて、立ち止まって考えることは少ない。でも、海を眺めながら、今どうしていきたいのかを自然と考えていた。

動いたあとに変わるもの

萩城下町萩城下町内を歩く
萩を歩いて感じたのは「覚悟のある人」が特別なのではなく、「とにかく行動した人」の想いが、結果として歴史の一歩になっていたということだった。

松下村塾の小さな部屋も、反射炉の遺構も、最初から何か大きなものになるとわかっていたわけではない。それでも彼らは、自分たちなりに時代と向き合い、動き続けた。

正直、今の自分に大きな覚悟や想いがあるわけではない。それでも萩を歩いたあと、「完璧に決まるまで待つ必要はないのかもしれない」と、なんとなく思えた。

もし今、何かを始めたいのに動けずにいるなら、一度萩を歩いてみてほしい。

答えが出るとは限らない。でも、止まっていた何かが少し動く感覚は、きっとある。

All photos by Kuon Kanayama

ライター

長野県出身。「見る前に跳べ」がモットー。自分にも相手にも心地よい環境をつくることが人生のテーマ。旅や人生の資本は「身体」と考え、ボディケアに携わる。自然の中で過ごす旅、自分の足で歩き回る旅が好き。日々感じたことを言葉に紡ぎながら、新しい働き方を模索中。

RELATED

関連記事