ラクダに揺られて
インドの西方、ラジャスターン地方の都市を巡り、比較的穏やかな時間を過ごした僕らは、もう少しだけインドを旅することにした。ここまで来たなら、果てを目指そうと。
そして鉄道に乗って10時間。僕らはとうとう西の果て・ジャイサルメールへと辿り着いた。
長い旅路をゆくインド鉄道
ここは砂漠地帯が広がり、城塞や建物もまばゆい砂色をしていることから、ゴールデンシティとも呼ばれる美しい街。城塞のなかにも路地が張り巡らされ、異国情緒溢れる賑わいを見せていた。
ゴールデンシティ・ジャイサルメール
ここで僕らは、キャメルサファリのツアーに申し込むことにした。ラクダに乗って砂漠をゆき、砂漠の真ん中で一泊するというものだった。
砂漠の入り口まで連れていってもらい、ツアーがスタート。出迎えてくれたガイドは、おじいちゃん、お父さん、お兄ちゃんと弟の4人。素敵な家族とともに、砂漠の旅が始まった。
砂漠スタイル
ラクダの背の上は上下の揺れが大きく、初めは怖かったが、徐々に慣れてくると楽しくなってきた。
見渡す限りの砂の世界を、揺られながら進む。乾いた風が頬を掠め、頭上からはぎらぎらした日差しが降り注ぐ。
暑さは応えたが、このときほど「旅をしている!」という感覚を味わった瞬間はなかったかもしれない。
道中、弟くんがたくさん喋りかけてくれた
夕方ごろ、ようやくキャンプ地に到着。早速ご飯の準備が始まる。
みんなで手分けし、てきぱきと火を起こし、食材を調理していく。
弟はお喋り好きで、しきりに話し続ける声が可愛かったし、お兄ちゃんはクールだったけど、時折見せる笑顔が優しくて癒された。
お兄ちゃんの笑顔
料理を手伝いながら、兄弟と一緒に写真を撮ったり、そこらへんを散策したりと、自由な時間を過ごす。
砂漠の真ん中にいるという高揚感と、家族の温かさに包まれた安心感の両方が、じんわりと全身を包んでいた。
みんなでご飯の準備
ご飯を食べ終えると、おじいちゃんが僕らのために歌を歌ってくれた。
砂漠の夜に響く、高らかな歌声。何を歌っているのかは分からないが、たしかに胸に沁みるものがあった。人の思いを乗せた音楽は、言葉や国境の壁を越えるのだと思った。
美味しかった砂漠カレー
歌を聞かせてくれたおじいちゃん
日はすっかり暮れ、夜の闇のなか。
みんなで焚き火を囲いながら、ぱちぱちと薪が燃える音や砂混じりの風の音に耳を澄ませていると、この旅のあいだ僕の中でずっと張り詰めていたものがほどけていくような気がした。
可愛い兄弟と一緒に
星空の下で
その夜、僕らは地べたに敷かれた布団に潜って寝た。テントはない。コットもない。砂の上に直接置かれた布団が、この日の寝床だった。
布団に入り、そのまま空を見上げる。一面の星空が美しかった。寝るのが勿体無いと思いながらも、僕はしだいに眠りに落ちていった。
ここで寝た
そして、真夜中。ふと目が覚めた。
寝ぼけた頭で、自分がいまどこにいるのかわからなかった。そんな状態のまま、眼鏡をかけて仰向けに転がる。
そこには、いまにもこぼれ落ちそうな星空が広がっていた。寝る前に見上げたときよりも、広く、美しく、圧倒的だった。
宇宙がすぐそこにあるような気がして、僕は感動と同時に、少し恐怖を覚えるほどだった。
そんな夜空を眺めているうちに、ここまで来た、という言葉が心に浮かんできた。
仕事を辞めて、何者でもなくなって、思えば仕事をしているときも自分はなんでもなかった。帰ってからも僕は、何者でもない人生を歩むのだろう。
だけどそれがなんなのだろうか。
日本の片隅から出発し、タイ、スリランカと渡り歩き、インドを南から北へ進み、ついには西の果てにたどり着いた。
その果ての砂漠に寝転んで見上げるこの星空を前にして、なにを成したとか、何者だとか、そんなことはすべてどうでもいいと思った。
そして、初めから自分にはなにもなくて、これからもそうなのだろう、とも思った。
それは決して悲しい意味ではなくて、僕の心を軽くしてくれるものだった。
仕事を辞めた直後、自室の布団のなかに潜り込んでいたときのことを思い出しながら、僕は砂まみれの布団のなかでそっと目を閉じ、星空の下で眠った。
iPhoneで撮影したので限界があるけれど、きっと一生忘れられない星空
旅は終わるけれど
ツアーを終えて街に戻り、さあ次はどうしようと話し合っていると、僕らはインドのビザがもう間もなく切れることに気がついた。
お金ももう底を尽きてきたし、無理に続けるより、一旦帰ろうか。
そうして、旅は突然に終わりを迎えた。
旅の相棒
もう少し旅をしたかったとも思うが、この砂漠での二日間を振り返ってみる。
朝、家族が淹れてくれたチャイを片手に、地平線から昇る朝日を眺めていた。
砂丘に腰を下ろしてぼんやりしていると、道中ずっとついてきた野良犬が横に座った。その背を眺めていると、彼がぱっと顔を上げてこっちを見た。
ここまで、およそ120日間の旅。長い旅路を経て、ラクダに乗って砂漠をゆき、素敵な家族との心の交流があり、満点の星空の下で眠り、朝日を眺めながら可愛い犬と見つめ合う。
これでいいのでは、と思った。そこに意味なんてないけど、この瞬間のために旅をしてきたと言ってもいいかもしれない。そんなことをふと思った。
改めて振り返ると、僕は旅の最中ずっと、たくさんの感情や思いを抱いて、常にそこに意味を見出そうとしてきた。自分の存在について何度も思案した。
だけど、最後にたどり着いたのは、意味なんて別になくていいということだった。
ただ、目の前にあるものや、自分自身のありのままを受け入れるだけでいい。
朝日を眺めながら一杯
そんな達観したことを感じておきながら、帰国後のいま、結局僕はいろんなしがらみに囚われて、相変わらず苦悩は尽きない。
でも、それでいい。それが人間らしさでもあり、僕らしさでもあるのかもしれない。それに、僕には旅がある。
きっとまた、何者でもない自分を抱えたまま旅に出ては、世界のどこかで星空を見上げたり、誰かとご飯を食べたり、名前も知らない犬とぼんやり過ごしたりするのだろう。
それが、僕の旅であり、生き方なんだと思う。
犬と僕
All photos by Satofumi