ライター

2001年、北海道生まれ。書道・茶道・よさこい等を通して日本の魅力を伝えるフリーランス日本語教師。人との出会いやその土地の歴史・美術作品に触れる時間を大切にし、世界中のまだ見ぬ景色を求めて国内外を旅しています。

自分の中にある、誰かが決めた「当たり前」や「普通」が崩れる瞬間。

私にとって、そのきっかけは初めて日本を飛び出した旅の中にあった。

約4年経った今でも忘れられない、人生で初めて自分の生まれ育った国を外から見た日のこと。

当時の私は留学を目的に地元の大学へ進学していたが、コロナの影響で渡航は中止。思い描いていた学生生活を送ることができず休学という道を選んだ。海外への渡航が制限されていたこの期間を、自分の生まれ育った国を知る時間にしようと考えたのである。

日本国内をひとり旅しながら、たくさんの出会いに触れた1年間。初めての場所、人、体験。

慣れない環境に身を置き、「知らないこと」や「見たことのないこと」が何よりも苦手だった私は、次第にまだ見ぬ新しい環境へを楽しめるようになっていた。いつもと異なる場所に一歩踏み出し、新しい出会いに触れたとき、そこには思いもよらない時間があることも知った。

ひとりだけど、独りではない。そんな感覚に初めて触れた日々。

この1年間を締めくくる旅は初めての海外、フィリピンだった。

セブ島の山頂に位置するカンダンパスという小さな村に、約半月ほど滞在しボランティア活動を行った。北海道からひとり大きなバックパックを背負い、トラブルもあり片道16時間の移動、乗り継いで空港に到着したのは深夜0時を回っていた。日本を飛び出し初めて降り立った国は、嗅いだことのない独特の香りと蒸し暑さが出迎えてくれた。

これまでの日本の旅を経て、不安や緊張よりもこれから始まるであろう予想のつかぬ日々に胸を躍らせていた。翌日、扉が開いたままのバスに乗り込み、風が吹けば転がり落ちてしまいそうなほど急な崖を横目に、私たちは遂に村に到着した。

村中の方たちの温かい歓迎。
ニワトリの大きな鳴き声とともに始まる朝。
出会うたび駆け寄って来てくれる子どもたちの輝く目。
大きな机を囲み、手で食べる美味しいご飯。
朝まで可愛がっていた動物が食卓に並んだ時の驚き。

そこには日本では体験したことのなかった、彼らにとって「当たり前」の日常があふれていた。正直、驚き戸惑うこともあった。しかし、どんな状況でも笑顔を絶やさず、歌い、踊り、数日前に出会ったばかりの私をまるで家族のように迎え入れてくれた村の人たちの存在が、私の支えだった。

村で話されていたのはビサヤ語。英語が通じる人もほとんどいなかった。それでも、少しでも相手の言葉で会話がしたいと感じ毎日必死に言葉を覚えた。本当に簡単な会話しかすることはできなかったが、理解してくれようとする相手の姿がとてもうれしかったことを覚えている。

時間に追われることなく流れるように過ぎていく「フィリピーノタイム」という時計の元、カンダンパスでの暮らしも折り返し地点が経った頃。とある英語が堪能なおばあちゃんが、穏やかな笑顔で話してくれたことがある。

「ここにはあなたの国のような便利なものは何もない。でも、みんなで笑って幸せに暮らしているよ。」

その言葉を聞いたとき、私は何も返すことができなかった。それまでの私は、便利であることこそが豊かさであり、幸せにつながるものなのだと、どこか当たり前のように思っていた。

でも、この村には違う景色があった。

裸足で駆け回る子どもの笑い声を聞きながら、お酒やコーヒーを片手におしゃべりする大人の姿。水や電気、電波が無くても、笑い合い、助け合い、同じ時間を分かち合う人々の姿。彼らから、不便さのなかにも確かな豊かさがあることを知った。

私がこれまで知らなかった「幸せ」のかたちだった。

ボランティア活動のひとつとして、小学校で日本文化を紹介するプログラムにも参加した。

片道2時間ほどの山道を歩いてたどり着いた学校で、恥ずかしながらも興味津々でこちらに顔を向けてくれた子どもたち。当時勉強していた日本語教師という職への大きなモチベーションと励みになった、今でも忘れられない時間。

あれからたくさんの国を訪れ、長期滞在も今では2か国目となった。それでも、セブ島で過ごしたこの半月は、今も何にも代えることのできない大切な思い出となっている。

国内も含め、ひとりだけで生きていたら知ることのできなかった感情や経験も、それらはすべて自分の周りにいてくれた人たちがいたからこそ得られたものだということを旅の中で心から感じた。

歳を重ねるにつれて、人との縁は少しずつ薄れていくとも言われる。だからこそ、いくつになっても笑っていられること、自分の周りにいてくれる人を大切に想うこと、それだけで十分に幸せなことなのだと思う。

楽しかったら笑う。
腹が立ったら怒る。
悲しかったら泣く。
困っていたら助け合う。

カンダンパスの人たちは感情に素直に、そしてまっすぐに生きていた。彼らを思い出すたび、私も自分の気持ちに正直でいたいと心から思う。年齢を重ねるほど、こうあるべきという見えない枠はきっと増えていくのだろう。それでも、自分の心にはずっと、素直に生きていきたい。

便利さだけでは測れない豊かさがあり、自分の気持ちに正直に、人と笑い合い、支え合える日々こそが、私にとっての幸せなのだと気づかせてくれた。あの日カンダンパスで出会った人たちが教えてくれた「幸せ」のかたちはこれからもずっと私の中で生き続ける。

All photos by Tsumugi Azumaya

ライター

2001年、北海道生まれ。書道・茶道・よさこい等を通して日本の魅力を伝えるフリーランス日本語教師。人との出会いやその土地の歴史・美術作品に触れる時間を大切にし、世界中のまだ見ぬ景色を求めて国内外を旅しています。

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