こんにちは、TABIPPO編集部です。2020年10月12日に締め切った、「#私たちは旅をやめられない」コンテスト。たくさんのご応募ありがとうございました!
募集時にクリエイターの方々の作品例を掲載しておりました特集にて、受賞作を順次掲載する形で発表させていただきます。
それぞれの旅への思いが詰まった素晴らしい作品をご紹介していきたいと思います。ぜひご覧ください。
今回はWORLD賞に輝いた、暴走する戦車ちゃんさんの作品『旅せよ、さらば与えられん』をご紹介します。
暴走する戦車ちゃんさんには、マカオ政府観光局より「オリジナルグッズ4点セット」が贈られます。それでは、作品をお楽しみください。
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2011年、「最愛のアイルランド音楽」と出会う
「アイルランド音楽」に強く興味を持ち始めた私は、図書館から「アイルランド」「ケルト」と名の付くCDを片っ端から借り、一つずつ聴き進めていた。そんな中、一曲の歌に出会った。
ケルト系の音楽を集めたオムニバスCD”Celtic Moods”に入っていた一曲。
雷に打たれたような衝撃を受けた。その日を境に私は、「アイルランド音楽に興味のある人」から、「アイルランド音楽が大好きな人」となった。
2016年、ついに公式ホームページ閉鎖
Noelさんの音楽と出会ってから数年経った2016年某日、10年以上更新されていなかった彼のホームページが閉鎖されていたことに気が付いた。もう61歳だから、ついに引退されてしまったのだろうかと悲しくなった。
閉鎖に気付いてから約一か月後、ふと、Twitterで彼の名前を検索した。同姓同名の話題や、「Nowplaying」のツイートばかりだったが、地元の小さなパブで月1回以下の頻度で演奏していることに気付いた。
Googleマップにすら載っていない、小さなパブ。ストリートビューでやっとお店を確認できた。なんという執念だ、と自分のことながら少し笑った。
そして次に私がやることはひとつだった。そんなのものは、一つに決まっているのだ。
生きている、今も演奏されている、それだけで十分だった。どこの国にだって行く。それが彼の故郷で、私の一番好きな国ならば尚更だ。
時間は戻せない。どんなにお金を積んでも、過去に戻ることはできない。
いま、空港から飛行機に乗れば見ることができるなんて、なんと近いことか。休みを獲得して、お金さえ出せば見ることができる。なんと幸せなことか。それが、旅でしょう。それこそが、人生でしょう。
2017年 アイルランド旅行直前、運命のメッセージ
月日はさらに流れ、2017年10月6日。2週間後、短いアイルランド旅行へ出発する予定だった。この日は仕事後に料理教室のレッスンを予約していた。
残業を見越して遅めに予約したのに、まさかの定時終了。時間まで大丸梅田店を徘徊することにした。その時ふと、頭を過ぎったことがあった。
思い立ったが吉日、ということで、リムリックのパブ2軒に問い合わせた。ここ数年でNoelさんのライブ実績がある店、2軒だ。
そう、たった2軒だ。
一つはFacebookにしかホームページがないような小さめなお店、”The Still House Bar”。もう一つは”O’connells bar”、名前からしてアイリッシュパブ。
10/20(金)〜23(月)の間に、彼のショーはありませんか?アイルランドを訪ねている期間なので、もし演奏の機会があるならば、行きたいのです。
どうせ、彼のショーはないだろう。私の1年間の簡単な統計によると、Noelさんのショーはなんとなく月初が多かったし、どことなく月曜日が多いように思えた。
さらに、こんな謎の問い合わせには返事が来なくても仕方がない、とも思っていた。ピンポイントでNoelさんに関して聞いてくる奴なんて、なかなかいないだろうし。
でも、送らなかったら一生後悔することは目に見えていた。どうせ会えなくても、可能性は潰しておかないとあとで悔やむだけだ。
と、自分に言い聞かせていたところ、20分後に返事が来た。ダブリンは午前中だったので、開店前のちょうど良い時間だったのかもしれない。そこには、こう書いてあった。
胸が躍った。手は震えた。Noel McLoughlinさんが、私がアイルランドにいる日に、演奏をする。人生で最初で最後のチャンスだとすぐにわかった。
と返事をすると、
と返してくれた。そりゃそうだ、すげー遠い道のりだもんな。気をつけて行かないとな。この時、私の人生が大きく動いているような、そんな気がした。
(ちなみに、もう一つのパブからは、クリスマス近くに演奏する予定だけど今月は演奏予定はないよ、と返事をもらった。親切で有難い。)
2017年10月20日
あっという間に二週間が過ぎ、10月20日。ついにこの日が来た。
乗換地でトラムを乗り過ごし、あと30秒で飛行機に乗れないところだった。あまりにも緊張し、何も考えられないほどに頭はぼんやりしていた。
ダブリンに到着後すぐCity Link社のバスに乗り込んだ。本当はバスの中で寝ようと思っていたのに、緊張のあまり、一睡もできなかった。ずっとNoelさんの曲を聴き続けていた。
私は今日、本当にこの人に会えるんだろうか。震えが止まらなかった。Noelさんへの思い入れが強すぎて、会うことが怖かった。
普段、「今日は演奏があるよ!」と投稿されるのに、その日に限ってパブのFacebookは一切更新されず、不安は募る一方だった。
実は中止になったのではないか。天気悪いし、Noelさん、家にいたくなったんじゃないかなあ…。(※風速13メートルで凍えそうなほど寒く、雨まで降っていた)
3時間ほどバスに揺られ、16時過ぎにリムリックに到着。とりあえず向かった先のホテルは、想像よりもずっと綺麗だった。
あまりに落ち着かず、お湯を沸かしラーメンを食べた。実はこの日、緊張のあまり、フランクフルト空港でプレッツェルを一つ食べたきり、食事を忘れていた。
何かしようにも17時以降に開いている観光地はなく、パブの下見へ。なかなかに混み合っていた。夜、席はあるのだろうか…と不安になるだけだったが、下調べ通り、滞在先から徒歩10分かからぬ場所にあったことに対しては安堵した。
ホテルに戻り、再度Noelさんの曲を聴きながらぼけーっとしていた。Noelさんの曲だけを、ただひたすらに聴いた。
21:20、ついにパブ The Still House Barへ
高鳴る心臓を落ち着けホテルを出発し、パブに到着。ビールを一杯頼んだ。もちろん、アイルランドで一番有名な、あのビールを。
予定時刻である22時になっても全く始まる気配はなかった。特に人も集まっておらず、本当に今日、ライブはあるのだろうか…と辺りを見回すと、
いた。
後ろ姿だったが、だいぶ距離はあったが、すぐにその人だとわかった。私がずっと聴き続けていたあの人。ずっと調べ続けてきたあの人。Noel McLoughlinさん。
入り口横のスペースで、機器の準備をしていた。
急いでビールと共にNoelさんの目の前に移動した。隣のおじさんはほどよく酔っ払っていて、「日本から一人で来た」と言ったらショットをごちそうしてくれた。
22時20分、演奏が始まった。思ったよりも最近の曲が多く(しかもアメリカの曲が多かった)、少々驚いたが、その歌声はまさに私がこの6年間聴き続けた声、そのものだった。
開始から1時間ほど経っただろうか。テンポの良いインストの曲が始まった。パブの店員さんもスプーンズを演奏し始め、みんなも拍子を取り始めた。
隣のおじさんが、「君、楽器持ってきてるじゃん。演奏してきなよ!」と、私の背を押した。持参した楽器を手に、私はNoelさんの横に出た。