ライター
土庄 雄平 山岳自転車旅ライター・フォトグラファー

1993年生まれ、愛知県豊田市出身、同志社大学文学部卒。第二新卒を経験後、メーカー営業職とトラベルライターを両立。現在は、IT企業に勤務しながら、自然や暮らしに一歩踏み込む、情報発信に精を出す。 山岳雑誌『山と渓谷』へ寄稿、「夏のYAMAPフォトコンテスト2020」入賞、「創業110周年記念 愛知銀行フォトコンテスト」最優秀賞など。山での活動をライフワークとし、学生来、日本全国への自転車旅を継続している。

自分を偽りたくない!正直な転職活動では、挫折の連続

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当初、転職活動をどう進めていくか、とても悩みました。争点は「本業と副業を近づける」か「今のままパラレルキャリアを続ける」か、という点について。

気持ち的には前者でしたが、そこに絞って活動してしまうと、受けられる会社はかなり少なく、転職の実現可能性が下がってしまいます。

そのため後者も視野に入れて、企業選びを行いました。しかし、有形→無形への転職は、想定より大きく年収を下げることに。

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ゆえに当初は、本業の製造業×営業職のキャリアを生かせる、副業可能な大手メーカーも受けました。が、やはり狭き門。

こうした大手では、2回目の転職という職歴自体が嫌われます。一方で、優良ベンチャーも受けましたが、思ったように結果が出ません。

最終面接も何社か受け、手応えもあったのですが、決定打に欠き、うまくいかない日々が続きました。

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ここで副業の足かせも感じてしまいます。副業解禁が進む昨今でも、まだまだ積極的に捉えている会社がとても少ないことを思い知りました。

入社後は本業を頑張ってもらわないといけない中、入社前から副業の話をする求職者の印象は厳しいのでしょう。ただ、副業であるトラベルライターが転職のきっかけになっているだけに、これを隠して選考には臨めませんでした。

泥臭い自己分析を重ねて。真の自分で挑んだ第一志望の面接

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転職活動を始めてから悶々とした2ヶ月。受けては落ちてを繰り返し、ひたすらに自分と見つめ合う時間を作りました。

幸いにも私のパートナーは、客観的に情報を整理できる性格。夜な夜な夫婦二人で協議しては、なぜ?なぜ?と掘り下げながら、泥臭い自己分析を重ねていきました。

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そんな中、転職活動を始めて2ヶ月で、今勤めている会社の面接を迎えることになります。当初、エージェントから紹介してもらったときから、一番入社したい会社・一番就きたい仕事でした。

とはいえ倍率が非常に高い人気企業(OTA)。ゆえに半分諦めていたのですが、応募者が多いだけに、面接のスケジュールも後ろ倒しとなったのです。

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そのおかげで意図せず、磨き上げた転職理由や志望動機で面接に臨むことができました。

一方で「いくら旅行関係の仕事とはいえ、副業のトラベルライターの話を積極的にするのは、やめたほうがいい」とエージェントから釘を刺されていました。

しかし「かなり倍率が高いなかで、自分が目にとまるには、副業をアピールするしかない。どうせ同じ結果なら、悔いは残したくない!」と半分賭けで面接に臨むことに決めたのです。

培ってきた営業力に+α。3度目の転職は、副業が切り札に!

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人事担当者による1次面接では、なんと先方から副業のトラベルライターについて興味をもっていただきました。

この記事の前半で書いた久米島の経験を話して、終始良好な雰囲気のまま面接終了。手応え通り、通過します。

そして次にマネージャーによる二次面接ですが、幸か不幸か日程が合わず、最終面接官の部長が代打で登場するという事態に。

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部長は採用決定権をもつ役職。この面接で結果を出せば、内定に大きく近づくことは明らかでした。

2次面接に登場した部長は、先入観を持つことなく、優しいまなざしと包容力で、私へ耳を傾けてくださる方。学生時代の経験から転職の動機や志望理由、トラベルライターの活動まで、話題は多岐にわたりました。

もちろん前職の話がメインではありましたが、私はここぞ!というところで、副業を通じて育ててきた旅行業への想いを語ったのです。

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言葉と行動が伴っていることで、面接官も頷きながら聞いてくれます。何よりも驚いたのは、「旅行業へかける想いが、君ほど強い転職者を見たことがない」という言葉をかけていただいたことです。

目から鱗のこの言葉で、初めて真に血に通った、まっすぐな自分をさらけ出した面接ができたと悟りました。きっと面接官は、採用後の私が活躍している姿まで想像してくれているはずだと、確かな実感がありました。

結果、内定をいただき、晴れてOTA企画営業職としてのキャリアがスタートしたのです。

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その一方で、採用の下地となっていたのは、本業で培った営業力。

いかに数字にこだわれるか?チームで仕事を遂行できるか?ステークホルダーと関係を構築できるか?営業的な資質について、何度も確認されました。

商社からメーカーとさすらいながらの社会人5年間でしたが、きっちりこだわって仕事をしてきて良かった!そういう意味で、20代最後の3度目の転職は、本業と副業の両輪が揃ったからこそ、掴み取ることができたのです。

ライティングを超え、観光振興・地域活性化に貢献したいと思う今日

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旅行業での私のキャリアはトラベルライターから始まりましたが、いつしか一人のライターとして確固たる想いを持っていました。

それは、ただスポットを紹介する一般的な旅行ガイドにとどまらず、記事を通じて、新たな旅のスタイルを提案したり、日本各地に受け継がれている地域の魅力を守っていきたいということ。

そして、一人でも多くの人に旅の良さを知ってもらい、自分を変えるきっかけとしてもらえたら、と願っています。かつての私もそうだったように。

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その意味で、ライターというのは一つのアプローチでしかありません。

今後はより複合的に、持続可能な旅行業界の在り方を見つけるために、社会全体のライフクオリティを向上する仕掛け作りのために、人生をかけて挑戦していきたいと思っています。

ライター
土庄 雄平 山岳自転車旅ライター・フォトグラファー

1993年生まれ、愛知県豊田市出身、同志社大学文学部卒。第二新卒を経験後、メーカー営業職とトラベルライターを両立。現在は、IT企業に勤務しながら、自然や暮らしに一歩踏み込む、情報発信に精を出す。 山岳雑誌『山と渓谷』へ寄稿、「夏のYAMAPフォトコンテスト2020」入賞、「創業110周年記念 愛知銀行フォトコンテスト」最優秀賞など。山での活動をライフワークとし、学生来、日本全国への自転車旅を継続している。

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