真夜中、ふと目が覚めると、視界に無数のぼんやりした光が揺れていた。
慌てて枕元の眼鏡をかけてもう一度見上げると、それは満天の星空だった。
人工的な明かりの一切ない、星の光だけが瞬く世界。まばゆいほどのその光景に、僕は思わず「わぁ……」と小さく声を上げた。こんな夜空を見るのは初めてだった。
しばらく呆気に取られて眺めていると、流れ星がひとつ、星々のあいだを流れて落ちた。広大な宇宙が、すぐ目の前にあるようだった。
インドの西の果て・ジャイサルメールにて。砂漠に敷いた布団のなかで、僕は人知れず、ただただ心を震わせていた。
砂漠に立つ僕
30歳を目前に
仕事が忙しくて、なにもできない時期があった。
日々激務に追われ、やっと取れた休日にも上司から電話がかかってくる。朝も夜も、平日も休日も、仕事漬けだった。
ある日、心が疲れに疲れ切って、これ以上働くことができず、僕は突然会社を辞めた。30歳を目前にしたときだった。
逃げるように会社を去ったあと、僕は自宅の布団のなかで一日じゅう過ごしてばかりいた。これから自分は一体どうなってしまうのだろう。毎日不安で仕方なかった。
少しずつ回復してくると、妻が「一緒に長い旅に出ようよ」と言ってくれた。僕はすぐに「行こう」と返事をした。考えるよりも先に言葉が出てきた。
きっと、心から旅を求めていたんだと思う。
そうと決まれば、準備が始まった。急に気持ちが前向きになり、活力が湧いてきた。そうこうしているうちに、気がつけば、30歳になっていた。
無職のまま迎えた30歳。清々しい気分だった。
夏、いよいよ出発。まずはタイに渡航することだけ決めて、あとはほとんど無計画。とりあえず西へと進んでいこうとだけ決めて、僕らの旅は始まった。
タイの空港から、熱気あふれるバスに乗って
自分ってなんなんだ
タイで40日間を過ごし、スリランカで1ヶ月を駆け抜け、そして、3か国目にやってきたのが、インド。
インドは僕にとって三度目の渡航。一筋縄ではいかない国だということは十分にわかっていたが、同時に、もう三度目という心の余裕もあった。
行ってみたいところだけ抑えたら、すぐに次の国へ行こう。そう軽く思っていた。
インド・ムンバイにて、路上のチャイ屋
だけど、インドは沼だった。
この国には不思議な魔力がある。その力に圧倒されてすぐに去ってしまう人も多いが、反対に、思いっきり惹き込まれてしまう人もいる。
僕らはまさに後者だ。もっといろんなものを見たいとあちこちを周り、気がつくと1か月が過ぎていた。
その頃になると、僕はだいぶ疲れが溜まっていた。体調も崩しやすくなり、考えも後ろ向きになることが増えていった。
次の国にはいつ行くのだろうか。そもそも、この旅はいつ終わるのだろうか。そして旅が終わったら、どうするのだろうか。
なにも決めていない旅は、始めこそ気楽だったが、長引くと徐々に迷いが生じてくるものだと知った。
衛生面や人口密度、自己主張の強いインド人と常に渡り合っていく環境など、物理的にも精神的にも負荷がかかっていたことも、思考回路に影響していたのだろう。
インドでは当たり前に牛が道を歩いている
この頃に書いていた日記を読み返すと、「宿にこもって本を読んでいるほうが楽しい」とか、「帰りたい気持ちが膨らんでいるが、帰ってから現実と向き合うのが憂鬱だ」とか、ネガティブなことばかり書いている。
そして印象的だったのが「自分ってなんなんだ」という走り書きだった。
いま読み返すと、なに書いちゃってるんだと恥ずかしい気持ちにもなるが、このときは本気でそんなことを考えていたのだと思う。
仕事もしていない、なにかを成し遂げたわけでもない、何者でもない存在。この旅はそんな自分から逃れるための逃避行。だから帰るのが億劫。だけど旅を続けるのもしんどくなってきた。
そんな思いを抱きながら、僕は妻とともに、インドという沼を北上していった。
プシュカルでは湖畔での祈りの儀式に参加してみた